高島敏夫の研究室

白川文字学第二世代です。2017年8月にはてなダイアリーから引っ越してきました。少しずつ書き継いでいきます。

関根正雄の古代イスラエル研究

 一昨日、フレーザー『金枝篇』のことを書いてみたが、フレーザーには『旧約聖書フォークロア』(太陽社 1976年)という本もある。『金枝篇』ほどぶ厚くはないが長篇である。ところがどういうわけか、日本語訳が再版されていないようで現在入手困難な書になっている。立命館大学の図書館で検索してみたが出てこない。以前も検索したことがあるが出てこなかったので、おそらく所蔵していないのだろう。私はたまたま発売直後に買ったので今も書棚に鎮座している。
 旧約聖書の順序というか古代イスラエルの歴史の流れに沿った順序になっている。『旧約聖書』中のフォークロアを拾い出したものであるが、古代中国のことを研究している人にとっても参考になる。古代イスラエルの研究は、日本では白川静とほぼ同世代に当たる関根正雄の業績がある。その土台の上に日本の旧約聖書研究が築き上げられてきた感がある。関根の書物では比較的初期の『イスラエル宗教文化史』(岩波全書 1952年)が非常に面白く、古代中国について考える場合に色々な点で重なるところがあるのである。目次を書きだしてみると次のようになる。

  序
 第1章 契約
 第2章 律法
 第3章 文化の問題
 第4章 預言者
 第5章 ユダヤ教の成立

 古代イスラエルにおける律法とは古代中国では何に相当するか? 預言者とは何に相当するのか? そんなことを考えるだけでも新しい視点を得ることができる。最新の資料を用いることも大切だが、もっと大切なのはその資料をどう読むかということではないか。最新の資料を用いていることだけが売り物で、考え方が旧態依然だと論理的にお粗末な結論を導いてしまうことになる。
 関根は後に、『古代イスラエルの思想家』《人類の知的遺産》(講談社 1982年)を刊行する。『イスラエル宗教文化史』からちょうど30年を閲している。その間、旧約聖書古代イスラエルの研究は大きく進展してきたようであるが、関根の叙述も大変こなれたものになっている。私がこの書で関根から得たのは、「カリスマ」概念についての考え方である。関根はマクス・ウェーバーの用いた「カリスマ」という概念を、「神の霊的賜物」と捉えたが、ここから私は大きな啓示を受けた。古代イスラエルではこのカリスマを得た最初の人物がモーセである。そしてこのモーセの時に古代イスラエルの宗教連合が成立する。古代における宗教と共同体との関係を考える場合、非常に興味深いものがある。
 ところで、白川静は引用こそしないが関根の『イスラエル宗教文化史』から少なからぬ啓示を受けていると思われる。どういう点に啓示を受けているのかというよりも、古代社会のもつ共通性を古代イスラエル研究から感じ取っていると思われるのである。白川文庫の整理をしていた時に予想通りこの本が出てきた。
 おっと、フレーザーの話しをするはずだったのに、関根正雄のことに思いの外紙面を費やした。要は、古代イスラエル研究は古代中国の研究をする際に、知っておくと役立つことがたくさんあるということを言いたかったのである。書き出すと色々あるのだが、今日はこの辺で結びとしたい。