高島敏夫の研究室

白川文字学第二世代です。2017年8月にはてなダイアリーから引っ越してきました。少しずつ書き継いでいきます。

《金文講座》に関するお知らせの発信について

 この「高島敏夫の研究室」では、《金文講座》に関するお知らせを発信することは取りやめることにしました。余りにも多くなってしまい、他の話題を読めない状態になっていることに気付いたからです。これからは、以前に書いていたような話題もそのうち書き込んで行こうかと思っているところです。できれば、YouTube【高島敏夫《金文講座》 ──白川静『金文通釈』に沿って】にチャンネル登録をして頂ければありがたいです。下記。

 https://www.youtube.com/channel/UCGqRJu2Ff4waKSahWGfjTGg/videos

 

 代替するものとして、Facebookとツイッター(X)とで発信しておりますので、どちらかでご覧下さい。どちらもブロックはしておりません。

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「金文に見る古代語の表現」の抜刷

 私が「白川研究所紀要」に、「金文に見る古代語の表現」として連載していた【抜刷】のPDFが下記からダウンロードできます。

14号「金文に見る古代語の文字表現(一)序論──なぜ古代語なのか」
https://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?research/shirakawa/file/no14_02.pdf

15号「金文に見る古代語の文字表現(二)―「限定符」を付加した文字表現」
https://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?research/shirakawa/file/no15_01.pdf

16号「金文に見る古代語の文字表現(三)―用字の樣々な樣態」
https://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?research/shirakawa/file/no16_02.pdf

17号「金文に見る古代語の文字表現(四)―文頭詞等の用法について」
https://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?research/shirakawa/file/no17_01.pdf

 

「殷周革命論ノート」の抜刷

 私が「白川研究所紀要」に、「殷周革命論ノート」として連載していた【抜刷】のPDFが下記からダウンロードできます。

7号「《天亡𣪘》私考─殷周革命論ノート(一)」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/file/kiyou7/no07_01.pdf

8号「西周前期における王姜の役割―殷周革命論ノート(二)」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/file/kiyou8/no08_01.pdf

9号「西周時代における天の思想と天子概念(上)―殷周革命論ノート(三)上」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/file/kiyou9/no09_02.pdf

10号「西周時代における天の思想と天子概念(下)―殷周革命論ノート(三)下」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/file/kiyou10/no10_05.pdf

11号「冊令(命)形式金文の歴史的意味―殷周革命論ノート(四)」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/file/kiyou11/no11_01.pdf

12号「[ホウ]京辟雍儀禮の特質と歴史的役割(上)―殷周革命論ノート(五)上」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/file/kiyou12/no12_01.pdf

13号「[ホウ]京辟雍儀禮の特質と歴史的役割(下)―殷周革命論ノート(五)下」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/file/kiyou13/no13_04.pdf

 以上の論考の他に「学林」に掲載されたものも、このテーマの一環としての論文になっております。

「殷末先周期の殷周関係--周原出土甲骨讀解試論」(「學林」第46・47号)
西周時代における『天令(命)』と『大令(命)」(「學林」第48号)
春秋時代における『天命』と『大命』」(「學林」第49号)
「《《宗周鐘(㝬鐘)》再考」(「學林」第76号)

 

「象形文字」ではなく「形象文字」といえば適切な表現になる

 最近、やっと気付いたことがあるので、記しておきたい。
 以前、拙論で「言葉の意味するところをイメージで描き出した文字が初期漢字の甲骨文・金文だということ」と書いたことがある。少し前から引用しておこう。

 《「古代語」という槪念を立てて、付加要素を「限定符」と名付け、言語と文字との関係を考えてきた過程で気付いたことがあるので、そのことを最初に記しておきたい。「象形」槪念に関するものである。甲骨文・金文は、言葉で伝えるべき事物や形姿・場面・図解・図示の類をシンボリックに描くことによって、「イメージ」として伝えようとした文字である。これが「象形」という言葉で説明されてきたことの本質であって、単に物の形を表わすだけが「象形」なのではない。むしろ「何をしているところかを描いている文字」という言い方をする方が適切な場合がある。こう捉えることができれば、「会意」だが「全体象形」であるとか、「会意」だが「場面象形」であるなどと苦しい言い方をしなくても済むわけである。言葉の意味するところをイメージで描き出した文字が初期漢字の甲骨文・金文だということを何度も強調しておきたい。》

 「言葉をイメージで伝えようとする文字」であるからこれを一語に集約すれば「イメージ文字」ということになるが、「イメージ」という語は日本語では「形象」と訳してきた。ということは「象形文字」を「形象文字」と言い換えれば、本質を捉えた言い方になるのである。熟語の前後をひっくり返すだけで意味するところが大きく変わる。言葉というものは面白いものだ。

 以下、これも引用だが、前述の引用箇所が一段落するところ。

 《一方、文字から言葉の意味するところを読み取る側からすれば、そこに記された「イメージ」を通して、言葉が発せられた場を追体験することが求められている。言葉を表現する者とそれを理解しようとする者との関係はこのような構造になっているのが、「古代語」の世界である。その言語場を追体験するということ。それがどこまでできるかが、甲骨文・金文を理解する上での鍵を握っている。観点を換えると、イメージ化された文字の形からは、表現者の言葉に対する認識の仕方が窺われるということでもある。》

 

安倍晋三の死を悼む

 安倍晋三国葬に反対する気持ちはない。安倍晋三の死を悼む気持ちが抑えがたくあるからだ。それは岸田首相の後、第三次安倍内閣が再開するのを期待していたからだと思う。安倍の考えに全面的に賛成している訳ではないのだが、周りを見渡して、政治家としての安倍の力量に及ぶ者はいないというのが、その理由だ。一部の例外を除いては、心の底から信頼し尊敬できる政治家などいないのが現実で、相対的に賛成できる人物に一票を投ずるというのが私の考えである。一部の例外というのは例えば、台湾の元総統李登輝のような政治家である。

 

 振り返ってみれば、私は元々安倍晋三の支持者ではなかった。今でも思い出すのだが、安倍の『美しい国へ』(文春新書)を読んだ時の感想は「ちょっと危ないな。(祖父の)岸信介のできなかったことをやる気らしい」というものだった。それで第二次安倍内閣の1年目はずっと疑いの目で見ていた。その頃の私の支持政党は民主党(分裂前の政党名)だった。民主党政権の時も応援していたし、民主党が政権から転落した後も応援していた。それが第二次安倍内閣の1年目だ。だから安倍首相の復活1年目は、監視する目で安倍の言動を観察していたということになる。

 

 だがアメリカの大統領がトランプになり、その強烈な政治手法によって、対米関係が非常に難しい局面になった。さて安倍はこの難局にどのように対処するだろうと見ていたわけである。だがそれは結果的に杞憂であった。トランプとの間に友人関係を結び、日本に対する圧力を和らげる方向に進めていった。日本の政治家でこのようなことができる人が他にいるだろうか? その頃、「安倍やめろ!」のデモが起きたり、「安倍の悪いのは自明のことだ」という独善的で党派的な意見が醜悪に見えたのは自然なことである。そして、安倍晋三という政治家が意外なほど周囲の意見に耳を傾け受け入れる人であることが分かった点も大きい。どこかの政党のように理屈だけで政治を語るのではなく、より現実的なやり方を選ぶという姿勢を持っていることも分った。この時私は民主党支持をきっぱり止め、安倍が首相をやっている自民党を支持することにしたのである。私が政党を選ぶ基準は、優れた政治家がいる政党、その人が実力を発揮できる環境にある政党である。

 

 私は今は自民党に投票することが多くなったが、別の政党に投票することもある。それはこの人がいる政党なら試しに投票してみるかなというような選び方である。投票しないことにしているのは共産党社民党立憲民主党くらいだが、これも将来は分からない。今の野党の中にも優れた政治家になる素質をもった人がいるはずだし、何となくそういう目で政治の世界を見ているのだと思う。日本の政党は共産党を除けば、政権の坐に着くとみな「自民党」になるという性質をもっている。野党だから、自民党とは言うことや看板が違っているのだが、中身は自民党なのである。これに気付いた初めは、社会党だった村山富市が首相になった時、そして民主党政権の時である。それでもその頃民主党を応援していた。自民党以外の政党が育ってほしいという気持ちが強かったからである。だが、今はそういう発想はない。優れた政治家になりそうな人を探しているということなのだと思う。そんな時に安倍晋三が凶弾に倒れた。残念な気持ちにならないわけがないのだ。

 

「金文に見る古代語の文字表現(一)序論 なぜ古代語なのか」

 白川研究所〔略称〕の「紀要」に掲載した論文がPDFになったのでお知らせしておきます。
  (注)「立命館白川静記念東洋文字文化研究所」がフルネーム。

 「金文に見る古代語の文字表現(一)序論 なぜ古代語なのか」
  http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/file/kiyou14/no14_02.pdf

 以前「古代語という概念の重要性」という文章をこのブログに掲載し、何度か加筆したことがありますが、今回の拙論はそれを具体的に論文の形で展開し始めたものです。かつて小島祐馬や恩師白川静によって議論されたことのある「反訓」という現象が意味することにも言及しています。

冒頭に「古代語」概念を記しておいたので、引用しておきます。

 《古代語という言葉を使うに当たって、その意味するところ〔概念〕について一通りのことを記しておきたい。ここに「古代語」と呼ぶものは、古代社会において用いられていた文語的な口頭言語〔雅語〕のことを指していうのだが、特にそれを文字で記したものを「古代語」と呼び、「文字言語」と区別することにする。これまで漠然と「文字言語」と呼ばれてきたものとは次元が違うことを特に意識してそう呼ぶのである。簡潔にいえば「古代における雅語を文字化したもの」ということになる。雅語という呼称は言語学者たちが用いている術語にしたがったものだが、私自身は時には同じ意味で「祭祀言語」という語を用いることもある。祭祀儀礼の場を意識した方がイメージしやすいと考えた場合にそうするのである。》

 「古代における雅語を文字化したもの」という言い方もしているので、拙著『甲骨文の誕生 原論』を読んでおられる方ならお分かりになると思います。(注)拙論で論じたこと、説明したことを理解しておくと、古代文献を読む際にきっと役立つと思います。

 今まで「文字学」とだけ呼んできたが、こうしたテーマを扱い始めると、文字の問題は言語の問題であったことが分かります。そして言語を文字でどのように表現するかということに向き合っていたのが初期の文字記録者だったことが分かります。私の主宰する研究会が「初期漢字研究会」という名称になっているのは、このような考え方に基づいています。今後は単なる「文字学」ではなく「言語文字学」と呼んだ方が実際にかなっていると思われますので、ぼちぼちそうしようと思っているところです。

 【漢字を教える教育現場の人への断り書き】
 漢字を教える教育現場の人にとっては、受け入れがたい考え方だと思いますが、それは「漢字には意味があり、それを使って文章を書くのだ」ということを学校で教えられた現代人の文字観なのであって、無文字社会に初めて文字が生み出された時代の人々の文字観とは異なっていますので、議論が噛み合わないようになっています。教育現場の人は、今まで通り、「漢字には意味があり、それを使って文章を書くのだ」という文字観に基づいて教育を行なって下さい。これは現代社会における約束事なのですから、そうしないと混乱します。
 ですが、初期の漢字を研究対象にする場合、そういう文字観では理解できない現象がたくさんあるのです。現代人の文字観と古代人の文字観とは違っていて当然なのです。

 古代に関心をもつようになり、古代文献を読んだり、古代における文字というものを根本的に考えようとした時には、私の提示した文字観が必要になってきます。

 

 → 古代語という概念の重要性
   https://mojidouji.hatenablog.com/entry/2019/03/11/202736

 

2021年度 連続公開講座「殷周革命の実態に迫る」の新しい日程

 昨年度の講座の時に予告しておきましたように、今年度のテーマは「殷周革命」です。
 恩師白川静の築いた土台の上に立ちながら、金文や文献の読みを深めることによって、この問題を扱うことができるようになりました。主に使う資料は西周時代の金文ですが、殷末の西周甲骨である「周原甲骨」も使います。そして従来から用いられてきた古代文献(『春秋左氏伝』など)も用います。この問題は、今まで誰も論じることができなかったテーマですから、レベルは高くなりますが、これまで受講したことのある方なら理解できると思います。

 

 2021年度 連続公開講座「殷周革命の実態に迫る──甲骨・金文資料から」全5回

実施日時:10月16日(土)14:00~16:00
     12月18日(土)14:00~16:00
     1月22日(土)14:00~16:00
     2月19日(土)14:00~16:00
     3月5日(土)14:00~16:00

実施場所:立命館大学衣笠キャンパス)創思館カンファレンス・ルーム
講師:高島敏夫

 上記の通り、3月5日(土)14:00~16:00です。


  http://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?id=511138

 

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